取材・文=御庭場真一(本誌特別取材班)
この国には、政府が公式に運営する「退魔組織」が存在する──そう言ったら、読者は笑うだろうか。記者自身、最初は笑った。だが半年にわたる取材の末に辿り着いたのは、笑えない現実だった。総務省消防庁の組織図には載っていない部署。多摩地域の地味な三階建て。黒いスーツを着た集団。そして「祓い手」と呼ばれる人々の、常軌を逸した死亡率。
「一般財団法人千手総合研究所」の違和感
発端は真心の泉の取材だった。前号で報じた新興宗教「真心の泉」の信者二名の自殺事件。あの取材過程で、記者は教団関係者から奇妙な言葉を拾った。
「あの人たちが来たら終わりだよ。千手の人間が動いたら、もう誰にも止められない」
千手。聞き覚えのない名だった。別の関係者に確認すると、こう返ってきた。
「国がやってる除霊の組織。正式名称は知らない。でも存在するのは間違いない。黒いスーツの連中がたまに来る」
荒唐無稽な話だと思った。だが取材者の性として気になり、独自に調べ始めた。そして半年後、記者は多摩地域のA市に辿り着いた。
A市の閑静な住宅街の一角に、三階建ての地味な建物がある。「一般財団法人千手総合研究所」。外観からすれば地方自治体の外郭団体が入居していそうな、何の変哲もない建物だ。ベージュのコンクリート壁。小さな窓。装飾は皆無。駐車場には黒いセダンが数台。
記者の目を引いたのは、この建物の「地味さ」そのものだった。地味すぎるのだ。看板は小さく、ウェブサイトは存在しない。法人登記を確認すると、設立は一九六二年。目的欄には「文化財の保存・研究および関連事業」とある。役員名簿は非公開。決算公告も見つからない。六十年以上存在する財団法人でありながら、インターネット上に情報がほぼゼロ。これは尋常ではない。
A市の「千手総合研究所」周辺で目撃された黒スーツの男性二名。同様の風体の人物が同地区で複数回確認されている=本誌取材班撮影
記者は三日間にわたり建物周辺で張り込みを行った。出入りする人物の大半は黒いスーツを着た男女だった。年齢層は二十代から五十代まで幅広い。共通しているのは一様に姿勢が良く、周囲への警戒心が極めて高いこと。記者のカメラに気づいた一人が、こちらを睨んだ目つきは取材慣れした政治家とも、暴力団関係者とも違う。もっと静かで、もっと冷たい眼だった。
三日目の午後、記者は建物の正面玄関に向かい名刺を出した。
「週間名弄実話の御庭場と申します。文化財の研究事業についてお話を伺いたいのですが」
応対に出た中年の事務員は穏やかに微笑み、「当所は一般のお問い合わせにはお応えしておりません。広報窓口等もございません」と丁寧に追い返した。ごく普通の対応だ。だが記者が振り返ると、二階の窓から三人の男がこちらを見下ろしていた。全員が黒いスーツだった。
「B」氏の証言──祓い手の死亡率は林業の三百倍
取材が動いたのは、ある人物との接触がきっかけだった。仮に「B」氏としよう。B氏はかつて「千手総合研究所」に関連する業務に従事していたと語る人物で、現在は退職している。接触の経緯は情報源保護のため詳述を避ける。
B氏はこう切り出した。
あの組織の正式名称は『巫祓千手』といいます。「ふばらいせんじゅ」と読む。日本最大の退魔──除霊の組織です。総務省消防庁の下にある「霊的災害対策課」という部署が管轄している。もちろん組織図には載っていません。予算も本省の一般会計には計上されない。全額が内閣官房の機密費から出ている
──B氏
記者は半信半疑だった。霊的災害対策課。退魔組織。言葉だけを聞けばオカルト雑誌の特集記事だ。だがB氏の語り口には、妄想を語る人間特有の高揚がなかった。むしろ疲弊していた。
日本には古くから「祓い手」と呼ばれる人間がいる。霊的な存在──幽霊でも怨霊でも呪いでも、そういったものに対処する専門家です。巫祓千手はその祓い手を組織化したもので、全国に支部がある。国営です。信じられないでしょうが、消防や自衛隊と同じように国の予算で動いている。ただし存在を公にはできない。認めた瞬間に「霊的存在」の実在を政府が追認することになるからです
──B氏
正式名称巫祓千手(ふばらいせんじゅ)
管轄総務省消防庁「霊的災害対策課」
表向き一般財団法人千手総合研究所(多摩地域A市)
本部A市の三階建て施設。地下四階まで掘り下げられ、総床面積約12,000㎡(東京ドームのグラウンドとほぼ同等)
最高指導者「座主」と呼ばれる人物。予知能力を有するとされる。本名・年齢ともに不詳
特記戦力「三巫女」「姫巫女」と呼ばれる三名の少女。各人が「霊的戦術兵器」相当の能力を持つ
構成員全国規模。人数は数百名〜千名超と推定
関連施設「東陰病院」(表向きは医療法人月心会が運営する総合病院)=実態は霊障専門医療施設
予算内閣官房機密費から全額拠出。金額は不詳
記者が最も衝撃を受けたのは、B氏が語った「死亡率」の数字だった。
この業界で「直接対峙型」と呼ばれるタイプの祓い手……霊的存在と直接戦闘する人間の死亡率は、十万人あたり年間約四万人に換算される。林業の死亡率がおおよそ十万人あたり百二十人ですから、その三百倍以上です。なぜこの数字が表に出ないか。そもそも存在しないことになっている人々の死を、誰がカウントするのですか
──B氏
| 職業 |
死亡率(十万人あたり・年間) |
| 漁業 |
約50人 |
| 林業 |
約120人 |
| 建設業 |
約9人 |
| 警察官(殉職) |
約2人 |
| 祓い手(直接対峙型)※B氏証言 |
約40,000人 |
「姫巫女」──少女の兵器化という倫理的問題
B氏の証言の中で、記者がもっとも引っかかったのは「姫巫女」の存在だ。
巫祓千手には特記戦力として「三巫女」と呼ばれる三人の少女が所属しているという。「西の姫巫女」「東の姫巫女」「南の姫巫女」。この三名が「霊的戦術兵器」に匹敵する破壊力を持つとB氏は語った。
姫巫女と呼ばれる少女たちは、いずれも霊的な名門の血筋の出身です。幼い頃から訓練を受け、十代で実戦に投入される。彼女たちの能力は常軌を逸しています。西の姫巫女が使う炎の術は、一発がMK3手榴弾──TNT換算で三百グラムの爆発力に相当するそうです。それを連射できる。人間の姿をした砲台です
──B氏
十代の少女を「砲台」として実戦投入する。仮にこの証言が事実であるならば、これは児童の軍事利用に類する重大な人権問題ではないのか。
もちろん反論はあるだろう。「霊的災害」なるものが実在するならば、それに対処できる人材を投入することは不可避だ、と。だが「対処できる人材」がたまたま十代の少女であることと、少女を意図的に兵器として育成することの間には、越えてはならない一線がある。
B氏はこう付け加えた。
姫巫女の一人は過去に、組織外の人間に重傷を負わせる事件を起こしているそうです。相手は民間の霊能者──フリーランスの祓い手だったと聞いています。鼻骨骨折と右腕の複雑骨折。非公式の場で、です。この件は一切表沙汰になっていない。被害者が告訴しなかったのか、それとも告訴できない理由があったのか
──B氏
「月心会」の正体──結核病院を装う霊障専門施設
B氏が言及した「東陰病院」についても、記者は独自に調査した。
東陰病院は多摩地域に実在する医療施設で、表向きは医療法人月心会が運営する一般病院だ。ウェブサイトには「内科・外科・小児科・精神科」とある。一見して普通の総合病院だが、いくつか不審な点がある。
第一に、患者の評判がネット上にほとんど存在しない。グーグルマップの口コミは三件。いずれも「お世話になりました」程度の素っ気ない内容で、具体的な診療体験への言及がない。
第二に、病院の周囲に不自然な数の監視カメラが設置されている。記者が数えた限りでは少なくとも十四台。医療施設としては異常に多い。
第三に──これはB氏の証言だが──東陰病院の地下に「霊障」を専門に扱う病棟が存在するという。「霊障」の治療には通常の医学では対応できないため、呪術的な処置を行う専門医──B氏の言葉では「呪術医」──が常駐しているとのことだ。
【取材を終えて】 笑えない話
この原稿は掲載されないだろう。書いている自分自身がそう思っている。
裏取りが不十分なのは認める。B氏の証言以外に、巫祓千手の存在を直接裏付ける物的証拠を記者は入手できていない。「千手総合研究所」の建物と黒スーツの集団を確認したことは事実だが、それだけでは「退魔組織が実在する」とは書けない。
だが、記者が無視できないのは「死亡率」の数字だ。十万人あたり年間四万人。この数字が何を意味するか。仮に巫祓千手の構成員が千人いるとして、そのうち直接対峙型の祓い手が半数の五百人だとすると、年間に二百人が死んでいる計算になる。二百人だ。二百人の日本人が、公式には存在しないことになっている国家組織の任務中に、毎年死んでいる。
遺族がいる。遺族は何と説明されているのか。彼らの死は何処に計上されるのか。労災は適用されるのか。年金は。追悼式は。墓碑銘には何と刻まれるのか。
これらの疑問に答えてくれる人間は、記者の前にはまだ現れていない。
取材の最後に、B氏はこう言った。
「御庭場さん。この記事は載りませんよ。載せてはいけない。でも誰かが書かなければいけない。だから私はあなたに話した。それだけです」
この原稿を、記者は社内の机の引き出しにしまうつもりだ。載らないと分かっている原稿を書ききったことに意味があるのかどうかは分からない。分からないが、書かないよりはましだろう。
(了)──御庭場真一